靉光とは|自分の心に一途だった画家
靉光(あいみつ・1907〜1946)は、昭和前期を代表する洋画家の一人です。
本名は石村日郎。
《眼のある風景》や《自画像》などに代表される幻想的で力強い作品は、日本のシュルレアリスムに属する絵画を語るうえで欠かせない存在となっています。
戦争によって38歳という若さで亡くなったため、現存する作品は決して多くありません。
そのため現在でも市場で高く評価され、多くの美術愛好家を魅了し続けています。
幼い頃から抱えていた「孤独」
1907年6月24日、広島県山県郡壬生町(現在の北広島町)に生まれました。
父の初吉と母のツネのもとに生まれた次男でしたが、6歳の時、叔父夫婦の養子となります。
養父母は靉光を深く愛し、大切に育てました。
しかし幼い靉光にとって、本当の母への想いは消えることがありませんでした。
養父母への感謝と実母への恋しさ。
その相反する感情は、生涯彼の心の奥に残り続けたといわれています。
後に妻となるキエも、この幼少期の経験が靉光の繊細で用心深い性格につながっていたのではないかと語っています。
画家への夢を諦めなかった
小学生の頃には画家になる夢を抱いていました。
しかし養父母の反対もあり、一度は印刷会社へ就職します。
それでも夢を捨てることはできず、大阪の天彩画塾へ進み、本格的に絵を学び始めました。
この頃から「靉光」の雅号を名乗るようになります。
19歳で《ランプのある静物》が二科展に初入選。
若くして画家としての第一歩を踏み出しました。
独自の世界を築いた画家
1930年に制作した《コミサ(洋傘による少女)》は彼の実の妹をモデルに描いた作品です。
さらに1933年、中国・上海への滞在を経て、蝋を用いた独自のロウ画技法にも挑戦しました。
《盲目の音楽家》
《キリスト》
《編み物をする女》
など、幻想性と生命感に満ちた作品を次々と発表し、日本のシュルレアリスムを代表する存在へと成長していきます。
1938年には代表作《眼のある風景》を発表。
現在では東京国立近代美術館に収蔵される、靉光を代表する作品となっています。
家族との出会いが心を変えた
1934年、桃田キエと結婚。
長男・力が誕生します。
家庭を持ったことで精神的にも安定し、それまで人との距離をどこか慎重に測っていた靉光も、穏やかな日々を送るようになったといわれています。
画家としても次々に代表作を発表し、充実した時代を迎えました。
「泥でも絵は描ける」
戦争が激しくなると、多くの画家たちは絵の具を買い集めました。
しかし靉光は違いました。
「絵描きだからと言って、絵の具がなくても描ける。墨もある。泥でも絵は描ける」
作品を生み出すのは画材ではなく、自分自身である。
そんな強い信念を感じさせる言葉です。
また、《眼のある風景》について友人の画家・森鴻光へ
「自分でも何を描きたかったのか分からないまま出来上がってしまった気がする。」
と漏らしたという逸話も残されています。
理屈ではなく、自分の心の奥から湧き上がるものを描き続けた画家だったのでしょう。
戦争によって断たれた画業
1944年5月、召集令状が届きます。
翌1946年、上海の野戦病院でマラリアとアメーバ赤痢を患い、そのまま帰らぬ人となりました。
享年38。
友人の画家・串田良方は
「もう少し世間に妥協できる人だったら、生き延びられたかもしれない。」
と回想しています。
靉光は上官へ取り入ることも、お世辞を言うこともできませんでした。
最後まで、自分の心を曲げない人だったのです。
画家・野村守夫との会話では、
「人生とは誰しも孤独で寂しいものだ。だからこそ芸術が必要なのかもしれない。」
という言葉に、靉光は驚いた表情を浮かべたと伝えられています。
幼い頃から孤独を抱え続けた靉光にとって、絵は救いであり、生きる苦しみを忘れさせるものであったのかもしれません。
靉光の代表作品
《静物》(1926年-1927年頃)信濃デッサン館蔵
《景色》(1927年)
《コミサ(洋傘による少女)》(1930年)広島県立美術館蔵
《キリスト(赤)》(1932年頃)
《編み物をする女》(1934年)愛知県美術館蔵
《自顔像》(1934年)愛知県美術館蔵
《花園》(1936年)岐阜県美術館蔵
《ライオン》(1936年)
《シシ》(1936年)
《貴婦人》(1938年)
《眼のある風景》(1938年)東京国立近代美術館蔵
《鳥》(1940年)宮城県美術館蔵
《二重像》(1941年)広島県立美術館蔵
《作品》(1941年)東京国立近代美術館蔵
《静物(雉)》(1941年)東京都現代美術館蔵
《蝶》(1941年)広島市現代美術館蔵 《警察病院風景》(1941年)神奈川県立近代美術館蔵
《花(やまあららぎ)》(1942年)東京国立近代美術館蔵
《花園の虫》(1942年頃)広島県立美術館蔵
《船長の肖像》(1943年)
《海》(1943年)
《帽子をかむる自画像》(1943年)広島県立美術館蔵
《梢のある自画像》(1943年)東京芸術大学大学美術館蔵
《自画像》 (白衣の自画像)(1944年)東京国立近代美術館蔵
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靉光は38歳という若さで亡くなったため、現存する作品数は決して多くありません。
そのため市場でも高く評価されることが多く、作品の種類や保存状態によって査定額は大きく変わります。
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