靉光という芸術家の肖像|アートと孤独

東京・銀座で10年間、美術品鑑定士として従事し、現在は福岡を拠点に美術品・骨董品の査定・買取を行っております、丸奈アートの奈良岡です。

美術商として、いつか出会いたい画家がいます

美術品を扱っていると、「またいつか、この画家の作品を拝見したい」と思い続ける作家がいます。

私にとって、その一人が靉光(あいみつ・1907〜1946)です。

中国の方のようなお名前ですが、日本の画家です。

靉光は略したお名前で、最初は靉川光郎と名乗っていました。

靉光は、シュルレアリスムの影響を受けながらも、誰の真似でもない独自の世界を描き上げた洋画家です。

力強い色彩と大胆な筆致。その作品には、見る人の心をつかんで離さない不思議な生命力があります。

しかし、38歳という若さで亡くなったため、現存する作品は決して多くありません。

さらに、自分の中で納得できない作品は自ら壊してしまうほど、自分の表現に妥協しない画家でもありました。

査定のみという機会は何度かあったので、私自身も機会があるたびに資料を調べ、査定のために作品を研究した経験はありますが、

実際に肉筆作品を買い取る機会には、まだ恵まれていません。

だからこそ、いつかまた現物と向き合える日を楽しみにしている作家でもあります。

靉光が抱え続けた孤独

靉光は、幼い頃に叔父夫婦の養子となりました。

養父母から深い愛情を受けて育ちながらも、実の母への想いを抱え続けていたと伝えられています。

決して不幸な家庭ではありませんでした。

それでも、幼い心の中には言葉では表せない孤独があったのでしょう。

その孤独が、そのまま絵の中へ向かっていったように私には思えます。

もちろん、彼は生涯ずっと孤独だったわけではありません。

結婚し、子どもにも恵まれ、家庭を持ったことで精神的に穏やかになった時期もあったと思います。

人としての幸せを感じた時間も、あったに違いありません。

創作だけは、最後まで孤独だったのではないか

それでも、絵を描くという行為だけは、最後まで孤独だったのではないかと私は感じています。

資料によれば、思うように絵が描けず苦しんでいたある日、靉光が涙を流す姿を、妻が初めて見たといいます。

創作の苦しみは、誰かが代わってあげられるものではありません。

どれほど支えてくれる家族がいても、最後に絵と向き合うのは自分一人です。

私も経営者になってから、「孤独」という言葉の意味を以前より考えるようになりました。

もちろん、画家の孤独と経営者の孤独は同じではありません。

それでも自分で決断し、自分で責任を負い、自分の信じた道を進むしかないという感覚には、どこか通じるものがあるように思います。

だからこそ、靉光という画家に強く惹かれるのかもしれません。

またいつか、その作品と向き合いたい

靉光の作品を初めて見た時、私は説明のつかない力強さを感じました。

資料や図録を通して作品を見返しても、その印象は変わりません。

説得力のある色彩。

迷いのない筆致。

そして、画面の奥から静かに伝わってくる強い生命力。

38年という短い人生でしたが、その作品には今なお色褪せない存在感があります。

美術商という仕事をしていると、作品との出会いは自分では選べません。

だからこそ、いつの日か靉光の肉筆画と向き合える日が来ることを、密かに楽しみにしています。

もしその機会が訪れたなら一枚の絵としてだけではなく、一人の画家が生き抜いた証として大切に拝見したいと思っています。

靉光の作品をお持ちで、「価値を知りたい」「査定だけでもお願いしたい」とお考えでしたら、丸奈アートまでお気軽にご相談ください。

作品一点一点と真摯に向き合い、その背景にある物語も大切にしながら査定いたします。

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